[1月18日(水曜)] 続けて実践する尾張町謡曲教室
たまたま新聞取材の依頼があったので振り返ってみると
この尾張町謡曲教室の歴史がけっこう長いことに気づかされます
平成3年(1991)に町民文化館を稽古場として始まり、平成8年(1996)からは現在の老舗交流館を稽古場として、ずっと続けているのです。
尾張町の基本事業はどれもそうなのですが
始めたら続ける、続けられるように始める、とでもいうのでしょうか
稽古時間も営業時間が終わった夜にし、稽古日も毎週ではなく、月1回の休みを入れて月3回にしたり
気負わず、無理せず、続けることができる態勢だったからこそ今までこれたのだし、これからもやって行けるのでしょう。
最近は、世の常のように女性が多くなっいます
とはいうものの、もともとの能・謡を推奨してきた加賀藩そのものが女性に支えられて来たようなもののはず
藩祖利家公の奥方である松様がいなければ、今日の加賀藩・前田家の歴史はなかったはず
代々の藩主の墓が並ぶ野田山の墓地も、山の上の方から偉い人が埋葬されているはずなのに、何故か5代目までは、藩主の墓よりも奥方の墓の方が上の位置になっているのですし
尾張町の小冊子も、最近は「尾張町を支えた女たち」シリーズとなっている位です