[11月11日(日曜)] 一九寄席
かつて今ほどテレビや映画が普及していなかった昔、江戸後期から明治大正の時代には、浅野川界隈には多くの芝居小屋や映画館がありました。
並木町の尾山倶楽部劇場、寄席の一九席、劇場の第四福助座、尾張町の昭和劇場といった具合に
中でも一九席は、「名古屋より来た竹次郎の妻、芸名竹本一九という女義大夫の語りべと十返舎一九に掛けて名付けられた一九(いっく)席は、まだ鍵町のしもた屋(現森八本店の右横の配送ターミナル付近)の二階で興業している程度であった。やがて人気の向上とともに明治三十年頃、尾張町の当地に出て来ることになった。浄瑠璃、落語、浪花節を中心とする芝居小屋は当時の人々に受け、繁華街の賑わいに拍車をかけていた。しかし、大正の頃より西洋活動写真、無声映画の台頭により、徐々に衰退して行き、ついには車社会の到来を反映して昭和二十年石川交通本社になって、その姿を消すこととなる。」(尾張町界隈の老舗と名所の由来・石野秀一著より)
この一九席を、北陸中日新聞の企画で、大阪の上方落語・桂文也さんらを招き、平成十九年にあやかるように復活させようとの意気込みに、尾張町若手会も協力させてもらいました。
平成版は名前も一九席から「一九寄席」に改められ、会場も風情あふれる古建築の寿屋で行われることになり
爆笑寄席の後は、美味しい料理に舌鼓を打つことで、参加者よりは継続開催が望まれる声多く、早速来年6月8日(日曜)の百万石祭り期間中に決定したほどです。
なお当日は、午前中は「着物姿のフォトメイツと尾張町界隈を写す会」が予定されていますし、もうひとつ「携帯電話を使ったウォークラリー」も計画されていますので、乞うご期待の程......尾張町は生き生きとしています。